博士課程後のアカデミックキャリアを考えたとき、大学の非常勤講師という選択肢があります。
ただ、大学非常勤講師に対しては「アカデミックポストに就ければすごい」という声もあれば、「ワーキングプアで悲惨だ」という声もあるのが現状です。
今回の記事では、大学非常勤講師のリアルな年収、なり方、そして博士学生だからこそ知っておくべきメリット・デメリットなどを解説します。
結論を言うと、非常勤講師は決してネガティブな選択肢ではありません。
むしろ、将来のキャリアを見据えた戦略的なステップとなり得ます。その実態を正しく理解し、自分のキャリアプランに活かしましょう。
大学の非常勤講師とは?
大学教員の勤務形態には、どのようなものがあるのでしょうか。前提を整理するため、「勤務形態」と「任期」という2軸で確認してみましょう。
まず、一般に「常勤」という言葉は、フルタイムでの勤務形態の事を指し、任期(雇用期間)とは別物です。ただし、世代によっては「常勤=無期雇用(テニュア)」として語られる時もありますので、注意が必要です。
この記事では、「常勤」はフルタイム勤務(任期とは別物)という意味で用いています。
| 大学でのポスト | 非常勤 | 常勤 |
| 有期 | 非常勤講師など (※今回取り扱う内容) | テニュアトラック、特任助教など(3〜5年の任期付き) |
| 無期 | 嘱託職員などはあり得るが、非常に少ない | いわゆる専任教員(教授、准教授など) |
教授や准教授などの専任教員(常勤・無期教員)は授業だけでなく、研究活動、学生指導(ゼミや研究室)、大学運営に関わる会議や委員会への参加など、多岐にわたる業務を担っています。
一方、特定の授業(コマ)を担当するために大学に委嘱された教員を「非常勤講師」と呼びます。「兼任教員」や「嘱託講師」と呼ばれることもあります。
上記の表のとおり、「非常勤」かつ「有期」のポストなので、職業として不安定で、任期付きアルバイトのような働き方だと言われます。
しかし、長期的なアカデミックキャリアを考える上では、重要な経験となるポストでもあります。以下、さらに深堀していきます。
大学の非常勤講師はどのくらいいる?
少し古いですが、『専業非常勤講師という問題』(社会政策学会誌『社会政策』第12巻第3号)という論文によると、2016年の国立大学教員数における「兼務教員(非常勤講師)」の数は40,031人で割合は37.8%。私立大学においては兼務教員が159,069人、割合は60.3%となっています。
1991年の大学院重点化計画以降、博士号取得者は増えたもののアカデミックポストは増えなかったため、非常勤講師の数は増加傾向にあるようです。
非常勤講師の年収はいくらになる?
非常勤講師の収入は担当するコマ数によって大きく変動します。
非常勤講師の給与は「1コマあたり〇円」という契約形態が一般的で、経験や専門性、大学の規定によって異なります。前掲の論文では、1コマあたりの月額平均「約2万8000円程度」とされています。
より具体的に最新の募集要項を見ると、令和7年、東京大学は『経験に応じて時給4,000円~6,000円。1コマを2時間と計算する』という給与条件で非常勤講師を募集しています。(※参考:東京大学教養学部非常勤講師(英語))
たとえば、「時給4,000円=1コマ8,000円」で週3コマを受け持つと、以下のような収入になります。
- 月収:8,000円 × 12コマ = 96,000円
- 年収:96,000円 × 12ヶ月 = 1,152,000円
ただし、授業のない長期休暇中(8月、9月、2月、3月など)は給与が支払われないことを想定すると、実際の年収はさらに低くなります。
なお、複数の大学を掛け持ちして週10コマ以上を担当し、年収300万~400万円を得ている人もいます。
少しデータは古いですが、前掲の論文によると、勤続年数が長い「専業非常勤講師」と呼ばれる人の平均年収は「306万円」だったようです。
また、社会保険に加入できないケースも多く、国民健康保険料や国民年金保険料を自己負担する点にも注意が必要です。
アカデミアのキャリアパスにおける非常勤講師の立ち位置は?
非常勤講師から常勤教員への明確な昇進ルートがあるわけではありません。また、非常勤講師という立場の中での昇進はありません。
しかし、アカデミアを目指す多くの博士学生やポスドクにとって、非常勤講師は「教授職への重要なステップ」という側面を持っています。
というのも、大学教員の公募では「教育経験」が重要な評価項目となるからです。非常勤講師として授業を受け持った経験は、間違いなくアピールポイントとなるでしょう。
特任助教など任期付の教員ポストや研究ポスト+非常勤講師などで研究業績と教育経験を積んで、「常勤」かつ「無期」の専任教員を目指していくわけです!
以上のように、非常勤講師はゴールではなく、次のキャリアステップに進むための経験と実績を積む「修行の過程」として戦略的に位置づけることが重要です。
大学の非常勤講師になるには?
では、どうすれば大学の非常勤講師になれるのでしょうか。
以下、多くの人が疑問に思うポイントをまとめていきます。
学歴や資格は必要?
非常勤講師になるためには、多くの場合「博士号以上の学歴」が必要とされます。
人社系の非常勤講師では、博士号を取得している人(あるいは取得見込み、満期退学)の方が大きく有利なのは間違いありません。
また、学歴と同様に重視されるのが「専門分野での研究実績」です。
具体的には、査読付き論文、学会発表などの実績、関連分野での実務経験などが評価されます。
現役大学院生でも非常勤講師になれる?
博士後期課程の大学院生がティーチング・アシスタント(TA)ではなく、非常勤講師を担当するケースはあります。
名古屋大学高等教育研究センターの「博士課程修了者による大学教員職への就職」という調査によると、2016年度の非常勤講師のうち「6.85%」は博士学生です。
なお、人文科学・教育・芸術の分野だと博士学生のうちから授業に関わることも多く、専攻分野によって大きな差があると言えます。
大学非常勤講師の求人はどこで探す?
大学非常勤講師の仕事は、基本的には公募で探すことになります。
ただ、人脈がきっかけとなるケースがあることも理解しておきましょう。
公募で探すのが一般的
研究者向けの求人情報サイト「JREC-IN Portal」を定期的にチェックするのが最も一般的な探し方です。実際に、2025年10月末時点で「非常勤講師」を検索すると約200~300件の募集がありました。
その他、各大学のウェブサイトで直接募集されることもあるため、勤務地や研究等の傾向が近い大学の情報はこまめに確認しましょう。
公募の中には出来レースもあるって本当?
中には、指導教員からの紹介や、研究会で知り合った先生から情報を得て、非常勤講師のポストを得るケースもあるのが実情です。ただ、非常勤講師においては、公募せずに決めることができるポストであることから、適任と思われる候補者がいる場合は、わざわざ公募情報を公開することがないために、「せっかく応募したのに出来レースだった」ということはないと思われます。
日頃から学会などに積極的に参加し、自身の研究内容や「将来はアカデミアで研究したい」という意欲を周囲に伝えておくと、チャンスが巡ってくるかもしれません。
公募サイトのチェックと並行して、研究者同士の繋がりも大切にしておくと良いでしょう。
大学非常勤講師になれたらすごい?メリット5つ
非常勤講師の経験は、あなたのキャリアにとって大きなプラスになります。
一般的にみれば、大学の教壇に立つことは社会的信用があり、「すごい」と評価されます。
以下、特に博士学生が非常勤講師になることで得られるメリットを5つ紹介します。
- 教育者としての実績(教歴)が手に入る
これは非常勤講師の最大のメリットです。将来、大学のテニュア教員を目指す際、研究業績と並んで「教育歴」は必ず問われます。シラバス作成、授業運営、成績評価といった一連の経験は、必要不可欠な実績となります。 - 自分の研究活動と両立しやすい
非常勤講師には、良くも悪くも自由があります。担当した授業さえ成立させれば、自身の研究活動と両立することができます。 - 新たな情報チャネルができる
特に、自身の所属機関とは別の大学で非常勤を務める場合だと、新たな人脈や情報に触れる良い機会となります。新たな研究の視点を得たり、将来の公募情報をいち早くキャッチできたりする可能性があります。 - 研究を客観的に見つめ直す機会になる
専門分野を学生に分かりやすく教えるためには、知識を体系的に整理し直す必要があります。この過程で、自身の研究の意義や面白さを再発見し、新たな研究のアイデアが生まれることもあるでしょう。 - 「大学教員」という社会的な肩書きが得られる
「大学非常勤講師」という肩書きは、社会的には「すごい」と思われ、信用に繋がります。また、他の仕事(書籍の執筆、講演など)に繋がる可能性も秘めています。
冒頭からお伝えしている通り、将来的に教授職を目指すためには、非常勤講師で経験と実績を積むことが重要なのです。
大学の非常勤講師が悲惨と言われる理由は?デメリットや注意点5つ
一方、アカデミアの世界では「非常勤講師は悲惨」と言われることがあるのも事実です。
以下、デメリットや注意点を5つ紹介します。
- 雇用の不安定さ(5年雇止め問題)※10年特例について書く
ほとんどが単年度契約のため、次年度の契約保証はありません。また、2013年の労働契約法改正で導入された「無期転換ルール(5年以上同じ職場で働くと無期雇用に転換できる権利)」を避けるため、大学側が5年未満で契約を打ち切る「5年雇止め問題」も指摘されています。(※参考:文部科学省) - 給与が発生しない「隠れ労働」が多い
給与はあくまで授業時間に対して支払われます。しかし、質の高い授業をするためには、シラバス作成、授業準備、レポート・試験の採点、学生からの質問対応など、授業時間外で相当な時間が必要となります。 - 研究時間が削られるリスク
博士学生やポスドクなどの若手研究者にとって、「研究時間を確保すること」が最も重要です。非常勤講師の仕事に追われることで実験・調査・論文執筆などの時間がなくなり、研究業績が伸び悩む…という本末転倒な事態に陥る危険性があります。 - 社会保障が手薄
前述の通り、勤務時間が短いと大学の社会保険や厚生年金に加入できません。国民健康保険料と国民年金保険料を全額自己負担する人も多いです。 - 教歴が研究業績を上回ることはない
常勤教員の採用人事においては、「どれだけ教えたか」よりも「どれだけ優れた論文を書いたか」の方が重視される傾向にあります。非常勤講師の仕事に注力するあまり、研究がおろそかになれば、かえって常勤への道が遠のいてしまうリスクがあることには注意すべきです。
上記のような注意点を事前に理解し、自分なりに対策を講じながらチャレンジすることが重要です。
【まとめ】大学の非常勤講師は教授職への重要なステップ!
今回の記事では、大学の非常勤講師について、基本情報、実態、注意点などを解説してきました。
非正規雇用という不安定な働き方をネガティブにとらえる人が多く、また、実際に収入面などに課題があるのは事実です。
しかしながら、非常勤講師を「アカデミックキャリアにおける重要な経験の機会」と前向きにとらえ、やりがいを感じている研究者もいます。
見方によっては、アカデミックキャリアを歩む上で重要な「教育歴」と「経験」を得ながら、自分の研究も進められる貴重なポジションなのです。
重要なのは「自分のキャリア戦略の中で、非常勤講師という経験をどう位置づけるか」を主体的に考えることでしょう。
今回の内容があなたのキャリアプランを考える上での一助となれば幸いです。


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