文系の博士号取得は、理系分野と比較して「難易度が高い」と言われることがあります。
- 文系の博士号は取れない?何年かかる?
- 文系博士号の難易度と、そのすごさは?
- 文系博士は「末路」「闇」とも言われてきたが、改善傾向にある!
上記のような内容を、解説していきます。
結論として、確かに文系博士号は、理系よりも博士課程に長く在籍する人が多いです。
そのため「難しい」「すごい」というイメージもありますが、もちろん分野によって事情は大きく異なります。
文部科学省も文系博士の修了までに時間がかかる点を課題認識しており、改善の方向性で取り組んでいます。
以下、各論点について詳しく見ていきましょう。
【前提】文系博士と理系博士の難易度を比較することはできない
前提として、文系博士と理系博士の難易度を単純比較することはできません。
分野や研究テーマによって大きく異なりますし、そもそも、研究活動において「難しいか、難しくないか」という捉え方にはあまり意味がありません。
どの研究も学術的な価値を求めて取り組むものですし、その過程では多かれ少なかれ「解決困難な問題」が発生するからです。
とはいえ、「文系の博士号は難しいから、すごい」という話題が出ることはあります。
なぜ文系は難しいと言われるのか、その背景を紹介していきます。
文系博士号が難しい=何年かけても取れない人がいる
文系博士号の取得が難しいと言われる理由を、データから見てみましょう。
文部科学省発行の『学校基本調査 令和三年度 博士課程の専攻分野別入学年度別卒業者数』では、博士学生が何年で博士号を取得したか(何年超過して取得したか)が記載されています。
文系(人文科学分野)について、上記のデータを整理すると、
- 人文科学分野において3年間で修了できた割合は20.9%
- 人文科学分野の平均修了年数は5.0年
- 超過年数1年、2年、3年よりも「4年以上」の方が多い
と、なっていました。
上記の数字を見るだけでも文系は博士号の取得に時間がかかることが分かります。
より分かりやすくするために理系(工学分野)と比較してみましょう。
- 工学分野において3年間で修了できた割合は41.5%
- 工学分野の平均修了年数は3.73年
- 超過している学生の中でも「1年超過」が最も多い
ちなみに、「人文科学は特に時間がかかるだけでは?」という疑問を持つ人もいると思います。
しかし、人文系以外の「社会科学」「教育」「家政」「芸術」などの分野においても、理系分野と比較すると博士号取得に時間がかかっています。(社会科学系の平均修了年数は4.72年)
また、文系だと学位を取得しないまま「満期退学」になる人も多い傾向です。
上記の通り、文系博士号の取得は、理系分野と比較して修了までに時間がかかるのは事実です。
そこから「文系博士=難しい」というイメージが定着したのではないでしょうか。
文系の博士課程:在籍期間が長くなる理由3つ
文系の博士号を取得するのに長い時間がかかるのはなぜでしょうか?
主な理由は、以下3つでしょうか。
- 新規性のあるテーマ設定が難しく、研究業績の判断が難しい
- 歴史的(文化的)に、文系博士号は「引退前に与えられる勲章」だった
- 文系博士の「末路」「闇」などというネガティブなキャリアイメージと、実際に研究ポストが少ないこと
現在は異なっている部分もありますが、上記3点について解説します。
①新規性のあるテーマ設定が難しく、研究業績の判断が難しい
文系の博士課程においては、膨大な量の既往研究がある中で、自分の研究テーマを見つけることが難しい傾向にあります。
理系分野と比較すると、技術革新や新発見が起こりにくく、研究に「新規性」や「独自性」を加えることが困難になります。(社会学・心理学など、分野によって事情は異なりますが)
また、研究室の中で「ある程度のチームワーク」が働く理系分野と違い、文系分野では「個人的な研究」になる傾向もあります。
よって、博士課程3年間で研究業績を打ち出すことが難しい…という側面があるようです。
②歴史的(文化的)に文系博士号は「引退前に与えられる勲章」だった
博士号の制度が日本で成立した当時、文系では学位の有無がそれほどキャリアに影響を及ぼしませんでした。
夏目漱石の事例が象徴的なように、文系の博士号は引退前に与えられる最終的な勲章のようなもので、博士学生に与えるものではないという「暗黙のイメージ」があったようです。
2000年以降、大学院重点化・博士倍増の目標が掲げられ、文系博士号も理系と同様に扱われるようになってきました。
ただ、今でもこの「暗黙のイメージ」が文系博士号が取れない要因のひとつとして残っているのかもしれません。
文系博士の「末路」「闇」というネガティブなキャリアイメージ&実際に研究ポストが少ない
文系博士は「アカデミア以外では評価されない」という偏ったキャリアイメージもあるようです。
ネット上では「文系博士の末路は、正規職員が5人に1人だけ」「高学歴ワーキングプアとなり、悲惨」「文系博士の進路調査では一時的な仕事・不詳・死亡・その他が半数を超えるという闇…」と書かれることもあります。
また、現実問題として、理工系と比較すると研究員ポストが圧倒的に少ない背景もあります。博士課程を修了あるいは満期退学すると学籍がなくなり、大学図書館など研究に必要な施設・設備などが利用できなくなります。研究を続けるため、研究に専念できる環境を維持するためにあえて学位を取らない…という人もいるのだとか。
つまり、文系博士学生の間に「学位を取っても、思うように活躍できないのではないか」といったネガティブな気持ちがあり、学位取得へのモチベーションが低いのかもしれません。
以上、文系の博士課程で在籍年数が長くなる理由を3つ紹介しました。
ただし、当然ながら文系博士にも多様なキャリアプランがあります。詳しくは今後、別記事で解説していこうと思います。
文系博士は博士号が取れない→改善の方向性で進んでいる!
ここまでは文系博士の学位取得についてネガティブな話が多かったですが、実は博士号取得率や待遇は改善の流れにあります!
文部科学省が公開している『人文学・社会科学分野を取り巻く状況参考データ集』では、人文科学・社会科学の学位取得までの期間が短くなってきていることが読み取れます。(平成20年の人文系は3年間での取得が約15%→平成28年では約28%まで上昇)
また、1990年代と比較すると、2000年代からは文系博士の絶対数も大幅に増え、現在もその水準が維持されています。
このような状況を受けて、各種政策において、文系博士学生も学位を取得することが「前提」になってきています!
例えば、文系の学振PDについては、従来は「満期退学者特例」がありましたが、平成30年度からは学位取得者のみを対象とするようになりました。(参考:日本学術振興会)
また、科研費の「若手研究」においても、博士の学位取得後8年未満の研究者が対象となっており、満期退学については言及がありません。
文系分野においても、今後はさらに「学位取得が前提」という考え方が加速していくのではないでしょうか。
文部科学省も文系博士に対して問題意識を抱えている
ちなみに、文部科学省としても、文系博士号の授与、およびそのキャリアについては問題意識を抱えています。
大学院部会(第102回)『人文系大学院の課題と対策』という資料より、以下の表現を引用します。
名古屋大学では、博士後期課程修了後7年以内の若手研究者を特任助教として5年間雇用する若手育成プログラムを実施。
出身者の多くは大学の常勤職に就いており、成果を挙げているが、大学独自の予算だけでは雇用できる人数に限界がある。教員の意識改革も必要だが、大学だけで解決できる問題でもない。(中略)社会や産業界(も含めた)大局的観点からの議論が必要ではないか。
このように、国としても文系博士の学位取得に対して課題意識を持っており、経済的に困窮しないための施策や、アカデミア以外の就職先とマッチングできるような仕組みを検討しています。
実際に、近年は社会科学系でもデータサイエンスの活用が進み、データサイエンスを生かして民間企業で活躍する事例も増えて来ています。また、経済学や心理学が直接的にビジネスで活用される事例、哲学・文化人類学に根差したサービスなども生まれて来ています。今後、人文社会科学系の研究者が活躍できるフィールドは増えていくことが期待できそうです。
【まとめ】文系博士は難しいからすごいと言われる本当の理由は…
今回の記事では、文系博士号について、その難易度や、取得が難しいと言われる理由などを解説してきました。
データを確認すると、文系博士は理系分野と比較して取得までに長い時間がかかっていることは事実です。
また、文化・歴史的な背景やネガティブなイメージがあるにも関わらず学位取得できた人に対して、「文系博士は難易度が高いのにすごい」と言われることがあります。
ただ、本質的には文系と理系で難易度やすごさに違いはありません。
もう少し踏み込んで言うなら、文系博士がすごい本当の理由は「学士で就職するのが一般的であるにも関わらず、大学院へ進学して研究したいという意思の力や問題意識などの人間力」なのかもしれません!
今後はさらに、文系博士が研究者・学者としてだけでなく、幅広い分野で求められ、活躍していく社会になることでしょう。
この記事が参考になっていれば幸いです。
コメント